そこから先は無言だった。
久々知さんは、そう言ったきり何も言わなかった。
俺のせいで足元に落ちた鞄を拾い上げたあと、こちらには一瞥もくれずに歩き出す。その背中が汚れているのを目にして、先ほど己がしでかした事を改めて認識した。
どくりと、心臓の音が早くなる。
自分の行いを悔い改めるべきだと理性では分かっているのに、先ほどまであの細い首に自分が顔をうずめていたのだと思うと、もう駄目だった。
強引に衣服にしまい込んだ熱が、また高ぶるのを感じる。

ついて来るといい、そう言った彼の言葉の引力に、抗うことは到底不可能だった。








「ここ」

そう端的に告げた久々知さんは、相変わらず寡黙だった。
ドアの鍵を解錠して、そのまま奥に進んでいく。迷ったけれど、そのまま後に続いた。鍵は勝手に施錠した。
ガチャリと大きな音が響いたけれど、やはり彼はそれに振り返りすらしなかった。


「じゃあ、俺風呂に入るから」

久々知さんが再び口を開いたのは、リビングに入ってスーツをハンガーにかけた後だった。
ちらりと振り返られて、びくりと肩が震える。彼がそれに、少し笑った気がした。それもほんの一瞬のことではあったけれど。
彼は再び無言で、いまだにリビングの入り口で立ち尽くす俺の横を通り抜けた。路地裏で近付いた時と同じ、タバコの匂いがした。

一人取り残されて、どうすることも出来ない。
どくりどくりと打つ脈が、気持ちをせき立てる。まるで足の裏に心臓があるみたいで、地面が揺れているような気さえしていた。

ザッとシャワーを使う音がし始めるまで、ただ呆然とそこに立ち尽くしていた。
流れる水の音に意識を取られて、はっとした。
彼は一体、どういうつもりなのだろうか。
自分は確かに、好きだと彼に告げたはずだ。彼はそれに、全く驚かなかった。驚かなかったどころか、無反応だったと言ってもいい。
突然人を路地裏に連れ込んで押さえ込むような、それも一回り近く年下の自分に、いきなり告白されてなお自宅に招くなんて、とてもではないが理解の及ばない思考だ。

そういえば自分は彼の「久々知」という名字と、この家の他はなにも知らないのだ。
彼の心の内を推し量るには、共有するものが少なすぎた。

改めて室内を見回しても、なにも知ることなんて出来なかった。モデルルームより殺風景で簡素なその部屋が、頑なに久々知という男の存在を否定している。
生活感がまるでない部屋の中で、彼が先ほどかけていった、背中の汚れたジャケットだけが不自然に浮いていた。








「あれ、帰ってなかったんだ、三郎くん」
「え?」
「考え直す、時間をあげたつもりだったんだけど」

いつの間にか後ろにいた久々知さんは、また俺の横を通り過ぎていった。今度はタバコの匂いなんてしない。ただ風呂上がりらしい石鹸の香りがした。
よっこいしょ、という小さな声とともに、彼がソファーに座り込む。

「三郎くんさ、本当に俺としたいと思ってる?」
「お、もってます、」
「本当に?」

ソファーに座ったままの彼に、緩慢な動作で手招きされる。このリビングに入って最初の一歩は、油を挿し忘れたロボットよりも不格好だったと思う。
緊張で視界が揺れる、という事象を、初めて体験した。
ソファの手前で、自然と足が止まる。

「あ、の、俺も風呂借りて」
「君はそのままでいいよ、なんの準備もいらないし」
「え?準」

ぐいと手を引かれて、ソファに片足を乗り上げた。引かれた反対の手で咄嗟に身体を支えたけれど、彼にぶつかる寸前だ。
目の前に彼の顔がある。自分が、一目で惚れた顔だ。また、心臓が一つテンポを上げた。

「男同士の場合どこに入れるか分かってる?」
「え?」

久々知さんが、引き寄せたままの手をそのまま彼の腰に引き寄せた。するりと、彼のスウェット越しの臀部に導かれる。
格段に近くなった距離で、久々知さんの口角が僅かに持ち上がる。

「ここの、準備。まさか、何も知らないで引っ張り込んだわけじゃないだろう?」










久々知さんは自分でじりじりと腰を沈めていく。全部がおさまると、長く吐息をついた。そして、目線をあげて挑発するような目で俺を見る。
先ほどまで様な、何も映っていない瞳でない、熱の灯った瞳で。

「っ、」
「まだ、入れただけなんだけど」

鼓動がどくりと跳ねたのと同時に、限界まで高ぶっていた熱を解放してしまう。
耳元で、久々知さんの少し呆れたような、掠れた声が聞こえて頬に熱が集まる。あまりの羞恥に、久々知さんの肩に額を押しつけた。

ソファーに完全に背を預けた俺の上を久々知さんが跨いでしまっているから、俺に出来ることは本当にただ耐えることだった。
久々知さんの肩に額を預ければ、自然と彼の濡れた肢体も視界に入る。起立した彼の性器に、どうしようもない精衝動がわき起こるのを、瞼をきつく閉じてやり過ごした。

「若いんだから、まだ大丈夫だろう?」

耳元で囁かれるのと同時に、顎を掴んで引き上げられる。
目があった、と思った時には、彼の唇と己の唇が触れていた。
驚きに目を見開く。目の前にあるのは、緩やかに閉じられた彼の瞼だ。遠目に見て知っていたけれど、睫がとても長くて、瞼がとても綺麗だった。

熱く柔らかい舌で口腔を探られる。遠慮なく差し込まれた舌に、歯を立てないようにするだけで精一杯だ。
散々に人の口腔を嬲った彼の舌が、誘うように引かれる。素直に誘われて彼の口内に舌を伸ばせば、甘く噛みつかれた。誘われるままに、先ほどの彼の口づけをなぞった。
綺麗に揃った歯並びを舌で撫でて、さらにその奥へと差し込む。戯れに噛みつかれながらも口腔を貪った。
頬にかかる彼の吐息に、言い様もなく興奮を高められる。
慣れた風に息を継ぐ彼に、長い交わりを強要される。
彼の引力に、理性というものが崩壊していく。逆らえない。

「本当、若いね三郎君」

長い口づけで、完全に熱を取り戻した俺の性器に、久々知さんが笑う。
ずっと好きだった人なのだ。そんな人と唇を合わせて、興奮しないでいられるほど枯れていない。

少しだけ口角を引き上げた彼の表情は、余裕を物語っている。あくまでもスタンスを崩さない、余裕なその表情を崩してやりたいという激しい衝動はあるのに、身体がまるでいうこときかない。
口づけをしていた距離から彼が身体を引いて、ぐっと俺の肩に両手を添えた。そのまま身体を引き上げて、また押しつけるだけの緩慢な律動を開始する。
生理的な涙を浮かべ、押し殺しきれないかすかな嬌声を上げながら、俺に跨ったまま体を揺らせる。俺は魅入られたようにそれを眺めていた。
何度も、何度も、何度も、気が遠くなるようだった。それでも、いつまでも、その蠱惑的な表情を見続けていたくて、でも身体はもう限界だった。
衝動的に、久々知さんのものを手のひらで包み込み、ゆっくりと擦り上げた。自分で触っていいと思うところに触れれば、先走りでじっとりと濡れている。先をぐっと包み込んでやると、久々知さんの中が引きつるように締まった。

もう、その感情は言葉にはならなかった。
俺は極限まで高ぶった欲情にまかせて、久々知さんの腰を自分に引き寄せた。
 目が眩みそうなほどの快感に、視界が真っ白になる。二度目の熱を彼の中に放って、深く息を吐いた。
興奮の頂点から沈んでいく反動の大きさに眩暈を覚えながら、俺は呼吸を整える努力をする。
「……すみません」
また、彼よりも先に達してしまったことが情けなくもあるが、もう今更だろう。
彼の肩に額を押しつけて、久々知さんの性器に両方の手を添える。まだ堅さが静まりきっていない俺を僅かずつ奥から引いていった。その動きにつれて、低くて掠れた溜息がその秀麗な口吻から吐き出されていく。
どろりと熱い液体を伴って、先端が抜けた瞬間、久々知さんは悲鳴にも似た高い声をあげて、俺の手の中に果てた。











「ほんと、若いね・・・」

久々知さんが、俺に体重を預けたままぼそりと呟いた。首元にかかる彼の吐息は、大分疲れを滲ませている。
若い若いと何度も連呼されれば、先までの情けない状況が思い出されていたたまれない。

「若いって久々知さんも充分若いじゃないですか」
「んん?」

久々知さんが、脱力したままだった身体を起こす。こうして改めて向かい合うと、とてもじゃないが恥ずかしくて堪らない。
さっと視線を逸らせば、綺麗に筋肉の付いた、彼のなだらかな肢体が目に入る。先ほどまでの行為で濡れたままの身体は、若さという観点で見て自分に劣らないと思う。

「そんな、違うって言っても、10も違わない…ですよね?」
「…三郎君は今いくつ?高校生だろ?」
「18になったばっかりですけど」

そこで会話を打ち切った久々知さんに、思わず顔を上げた。
かち合った久々知さんの黒い瞳は、なんとも言い表しがたい微妙な色をしていた。はじめに見た時のような無表情ではないけれど、感情豊かとは言い難い。けれど、なにかいろんな感情がない交ぜになったような、複雑な色だ。

「俺は今、32だよ」
「へ?」

思わず、口から声が漏れていた。開いた口が塞がらない、という言葉は、こういう時に使う物なのかも知れない。
久々知さんが、一瞬だけにやりと笑った様な気がした。確認する間もなく、彼の唇が耳元に寄せられる。

「俺に一目惚れしたんだろう?なら、年なんて関係ないんじゃないの?」

愉快そうな声が、耳に直接吹き込まれる。ぞわりと沸き上がった物がなんだったのか、もう一度耳元で小さく笑った久々知さんだけが知っているのかもしれない。



〜fin〜



もうここで終わらせて!!!OTL

この鉢屋くん心臓発作で死ぬんじゃないだろうか…どきどきさせすぎた…
久々知さんが1回イクまでに、この鉢屋くんは多分三回くらいイっていると思う